先の直方のアップでも述べたように、亡き父親からの貸与されたオリンパスペンFというフォーカルプレーンシャッター搭載ハーフ一眼。
分不相応なカメラを首から下げてチャリでの撮影行が主だった頃。
さらに父親から望遠レンズ(望遠と言うよりは長焦点だが)を貸してもらいこの時はその一本勝負だったようである。
事実上意識してカメラを振った第一号写真で今は九州縦貫道の太宰府インターになっている辺り。
二日市を出た福岡行急行(丸看板が少し見えている)、非冷時代の貴重な一枚。
二灯SBで628Fからの三編成のどれかで、ちょうど川車が合併で川重になってすぐの頃の製品だ。
さらに移動して、
二日市車庫で暫し休憩する701F。
後にも先にも700形はこのひと編成のみで、前世代の600形がMC+TCを基本としたのに対してTsC+M+M'+TsCの4両固定で、
この次世代となる5000形の実質試作車で電関人が西鉄新性能車の中で一番好きな車両である。
1975年1月
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ズイコー100㎜担いで
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