暖冬期の真っただ中、恨めしい雨の中の旅出である。
当時の山陰ワイド周遊券による周遊区間へ福岡から入り込むルートとして夜行活用であれば、
① 急行さんべ3号で山陰本線下関口から、
②京都に出て、鈍行夜行「山陰」で京都口から、
③中国山地越えで芸備線・木次線経由のちどり3号で乗り込む。
と、3つのパターンがあったが電関人のお気に入りは③の芸備・木次線経由ちどり3号利用だった。
夜も更けた岩国駅22:40過ぎ、当駅始発の424Dがホームに入ってくる。
この列車が広島まで快速運転で行き、そのまま618D急行ちどり3号へ変わるのである。
こんな、急行運用前後の間合い運転列車は全国に数えきれないほどあった。
ホームに据え付けられた424Dに乗り込んで発車までのひと時、
キハ58(28?)の窓を全開にして、車体にカメラを固定する簡易バルブに勤しむ。
反対ホームには、サロ改のクハ85が佇んで、その先には岩日線の貨物だろうか
かすかにDE牽引なのが確認できるが出発を待っている。
夜通し中国山地を越えて翌朝には宍道湖畔にでる夜行急行の旅のプロローグの一枚。
1977年12月29日 岩国駅にて
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過去旅への誘い'77 岩国駅22:40
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