現在のような無粋な柵に線路が覆われる前、線路端は格好の子供の遊び場だった。
古枕木の柵はベンチ替わりで、構内入換する貨物車両を飽きることなく眺めていたり、
時にはそれ自体が線路の役目をしたり・・・。
線路の中に入らない限り、叱る大人は居なかった。
絶えずこどもの元気な声がしていたのが線路端だった。
昭和の頃、乗る側にもそうでない側にも生活の一部分だった鉄道が懐かしい。
1979年3月 南福岡
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超私的昭和風景譚 -3-
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